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ごあんない
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みつろうキャンドルのメリピカ 営業してます。

特別な日の演出に、
なんでもない一日への感謝に、
うまく眠れない!というときにも。
美しい明かりを楽しんでみてください。

生きるってたいへん。
でも今いる場所もそんなに悪くないのかも?
人生は宝探しだ!

メリピカは、自分を幸せにするための魔法のアイテムのお店ですv
ついでに地球がぴかぴかになればいいなあ、という思いで、
遊び心を解放させつつやってます。
posted byいおり
categoryメリピカ・蜜蝋キャンドル


武田双雲さん講演会
神戸市の愛の輪運動に関連する表彰式&福祉教育講演会がありまして、
武田双雲さんの講演が聴きたくて申し込み、風邪治りかけ状態で参加してきました。

(抽選とはいえ参加費は無料で、こんな面白い話が聴けるなんてスゴイ)

話があちこちに脱線して、「まずはこの話から」って言ってからその話になるまで何十分も回り道をするので、「時間内に終わるのか・・?」とヒヤヒヤしました(笑)
そしてその回り道の話も面白くて、ひとつひとつもっと詳しく聴きたくなるし、「ええと何の話だったっけ?」ともなるし、聴いてるほうもなかなか忙しい。

Youtubeで拝見するより話始めのトーンが低くて(まあ、あたりまえか?)、あれ、あんまり乗ってないのかな・・と思ったのも杞憂で、話が進むとどんどんぶっとびエピソードがたくさん出てきていっぱい笑いました。
人の名前や顔は覚えられないし、失礼なことはたくさんしてしまうとあちこちで仰ってるので、なんだかこれまで人にされた不快なこととか、いちいち気にしなくていいのかも、と思えてきました。

たくさん興味深い話がある中で、最後に仰った「所作が感情を決める」という話が一番私には響きまして、これだけは大切に持ち帰ろうと思いました。
「ことだま」のように、「かたたま」というのもあるというのを数年前に初めてひとから聞きまして、つまりそういうことですね。
家に入る前に神社と同じ所作をすれば、家は神社になる。
参詣の所作を決めることで、神社は神社を作った。
古武道や茶道なんかが決まり切った型や所作を持つのも同じようなことかと。

家に陽があまり入らないので、ともするとすぐにゆううつになりそうでどうしたものかと思案していましたが、なんか元気な動きをすればいいのだと思いました。

それから、ぜひ書き初めをするといいという話も。
どんな一年にしたいかを、わくわくしながら文字を書く。
講演を聴きながら来年の文字は何かな、と最初頭で考えていて、「私はそろそろ本気で創ることに打ち込まなければ。だから『創』かしら」と思うのだけどあんまりわくわくしない・・
〜ねば。はわくわくしませんね・・
それより最近はわくわくして行動するということがほんとうになくて、「わくわくってなんだっけ?」状態に陥っていたので、いっそのこと「楽しむ」の「楽」はどうかなと思うと気持ちがぴこんと明るくなったので、来年の文字は「楽」でいきます。

(双雲さんが何かのインタビューで話されていた、「ストリート書道をやってみたら誰もお客さんが来ないことが面白かった」っていうのもスゴイなあと思いました。失敗を失敗と思ってなくて、「笑える」と思えたら最強だな。勝ち負けにこだわるのが性に合う人もいるでしょうし、勝ち負けがあるとしんどいと思う人は負けだと思う状況を笑えたらいいね)

いつのまにか「〜ねば」をたくさん背負っていたようで、そんなつもりは全然なかったのに、長年の無意識の癖なんでしょうか、もっともっともっと意識的に「楽しむ」ほうへ向かいたい、と強く思わせられた講演でした。

「〜ねば」を外してみたら、掃除・片付けが大嫌いな私がお風呂掃除をしたよ!!
全然きれいにならなかったけど!
posted byいおり
category雑記


ねこちんのこと
今朝唐突に故ねこちんのことを思い出しました。

いなくなって悲しいだけじゃなくて、確かに私の人生の大きな位置を占めていたこと、
今もちゃんと私の一部になっていることを感じて、不思議な安堵感に包まれました。

ねこちんが亡くなったとき、私はいつかねこちんのことを忘れてしまうだろうと、死とはそういうものだと思って、それがとても悲しかった。

だからといって「忘れない」と決心することも、いつか忘れることを認めるようでできなかった。

でもそんなんじゃないんだな。

海外ドラマTHIS IS USで、婦人科の老医師が、亡くなった奥さんが「まるでまだそこにいるかのように」生活し、「一人になってからの暮らし」を始められずにいるエピソードがありました。
最終的に遺品を整理して、近所の女性と食事をしようとするのですが、そのときの私は「べつに、いつまでも悲しみの中にいたっていいじゃん」という気もして、ちょっと不思議でした。
それだけ愛していたんだから、無理に前を向かなくても、と。

だけどそうじゃないんだなーと、今朝気づきました。

無理に前を向くことにしたんじゃなくて、大切な存在が確かにあったこと、今も自分の中にちゃんといることが(悲しみという段階を経て)はっきり分かったから、また前に進めたのかもしれない。

いなくなってさみしいけど、ねこちんと出会えたよろこびがなくなってしまうわけではないんだな。
天寿を全うしたわけだから、そもそも悲痛な死ではなかったし。

そんなことを感じた朝でした。

死に対する考え方、感じ方は人それぞれかもしれないですけどね。
posted byいおり
category雑記


ガラスの塔販売開始しました。


メリピカ・ガラスのキャンドルホルダー販売開始です。

いやーここまでずいぶん時間がかかりました。

引っ越して、仕上げ作業のための環境が整うのに手間取ったのもありますが、
一番は、販売するのになかなか踏み出せない気持ちの部分が大きかったです。

価格をどうするかでずいぶん悩み、それ以上にただ「販売するのが怖い!」という感情がいっぱいで。

何が怖いのか、いろいろ考えてみたけど結局よくわからず。

こどもの頃からなかなかめんどくさい感受性で、自分でも持て余します。
なんなんでしょうね。

で、えいやっと無理やり行動した次第です。ひー怖い。

かわいいのができた!と思うときと、これ欲しいひといるか?と思うときとあって、
ただただ「いいな」と思ってくれるひとがいることを祈るばかり・・
なんて弱腰なんだ!

自分がきれいだな、かわいいな、すてきだな、と思うもので生活を満たしたいという欲求がありまして、蜜蝋キャンドルに出会ったときに「これはすてきだ!」と思いました。
がちがちに強張っていたものがゆるく溶けていくような気持ちでした。
生活の中で、蜜蝋キャンドルを楽しむ時間がときどきあれば、当たり前の日常がぐんとすばらしいものに見えてくるはず、との思いでメリピカを始めました。

蜜蝋キャンドルをもっと楽しむためのグッズもいっしょに販売したいと思って、模索した結果、自分でガラスで作るという答えに至りました。

蜜蝋キャンドルを作っていただいている山形の豊かな森を思い出しながら、
このすばらしい明かりがいろんなひとに届くといいなあという願いを込めて、かたちにしてみました。

手作り感あふれる、ふぞろいな、ゆるい造形ですが、
蜜蝋の明かりを楽しむきっかけになればと思います。

お店はこちら。↓
*みつろうキャンドルのメリピカ*
posted byいおり
categoryメリピカ・蜜蝋キャンドル


ねこちんとお別れ
ねこちんが天国に行きました

母から連絡があって、高齢だったし覚悟はできてるつもりだったけど、Aくんに伝えたらちょっとだけ涙がこぼれました。

ねこちんは私が学生のとき一人暮らしのアパートに現れて、私に飼われようと通い詰めて来た不思議な猫でした。
猫なんて好きじゃなかったのに、ねこちんはとっても賢くて意志の強い子で、人生につまづいてしょんぼりしてる私をずっと支えていてくれた、特別な猫でした。

2000年に現れたときはすでに大人だったから、少なく見積もっても20歳、お医者さんの見立てでは22歳くらい。
頑張ってくれました。
後悔がないように、何度も何度も大好きだよ、ありがとうって言っておいてよかった。

ねこちんの死とともに、私にとってのひとつの時代が終わったような気持ちになりました。
ねこちんは私にたくさんのものをくれました。


池袋暴走事故の署名とか、宮迫さんの会見とか、選挙とか、個人的にいろいろ思うことがある中、ご報告も兼ねて簡単に心情を述べてみました。
posted byいおり
category雑記


ごきげんを模索する
さっきカフェオレを飲んだので今はごきげん。

   +   +   +

時々、男性から「奥さんがなぜ不機嫌なのか、いくら話を聞いてもわからない」という話を聞くことがあります。
まだ結婚してなかったときは、きっと家事育児がたいへんなのではと思い、そんな話をしてみるのですが、不思議なことにそうやって話される方は「食事はすべて自分が作っている」「掃除や洗濯も家にいるときはするようにしている」とおっしゃる。
奥様のお話は二転三転して、一体何が不満なのか、結局自分はどうすればいいのか、さっぱりわからない、と。

それで、わからないなりに「きっと奥様も何に不機嫌なのか自分でわからないのでは」と、なんの解決にもならないことを思うのでした。
実際そういうこともあるのではと思います。私にはよくある。

結婚して(といってもまだ二ヶ月め)最近ふと思ったのは、
「もしかしたら、ありがとうって言って欲しいのかも」てことでした。
もしくは労いの言葉とか。

もちろん個々のケースがあるのでこれが答えってことではないでしょうが、
「家事が負担だから手伝ってほしい」とか、
「育児で悩んでいるから寄り添ってほしい」とか、
夫婦の関係において、荷物を分担すること以上に、認めてもらいたいっていう側面も(お互いに)あるのかもしれないなあと、思いました。

「自分はこれだけやってるんだから相手はこのくらいやって当然」ていう考え方だとお互いがぎすぎすするのはわかりきっているけど、そう言いたくなるのは認めてもらってないって感じているからなのではないかと。

冒頭の話に戻すと、旦那さんが仕事に加えて家事全般をやってくれているとなると、
却ってごきげんでいられないなんていうパターンもあるかもしれない。(困ったね^^;)
そしてそれを自覚するのも意外と難しいかもしれない。
家事が苦手だからやってもらってると、ほんのちょっとの罪悪感が積もり積もってしまったりして。
もちろん旦那さんが悪いわけじゃなく。

でもでもでも、じゃあ自分から相手を労ったり、ありがとうを伝えているかというと、
伝えてるつもりではあるけども、なんだか「言えばいい」ってものでもないというか、
「言ったからおっけー」という感覚にもなりたくないというか。

めんどくさい心理だね(笑)

人間て、うまくいっていることは見逃しがちで、
「これは嫌だな」とか「ここがもっとこうだったら」というところについ目が行ってしまうので、
今うまくいっていることに意識してフォーカスしないとだなーと改めて思います。

ついつい何者かにならなくてはとか、何か結果を出さないととか、
外側の評価を無意識に探してしまうのだけど。
パートナーに認めてもらおうとする前に、
自分で自分を心底認めたほうが、ご機嫌への道は近い。
(不機嫌になってはいけないっていうわけでもない)

女性は特に、自分がダメなままでもちゃんと愛されてることを
知っておいたほうがよさそうですよね〜
posted byいおり
categoryパートナーシップ


近況ですね
絶賛新婚生活中の43歳です。どうも。
だらだらと各種氏名変更したり、だらだらとなんとか毎日晩ごはん作ったりしています。

家事全般苦手なものでどうなるかと思ったけど、まあ、無理しない範囲でだらだらやってます。
毎日ごはん作ってるだけで私すごいなあと思ってます。ハードルは低く。

Aくんの実家に二人で住んでいるんですけど、
不用品が山のようにありまして、処分するだけでお金が相当かかるという事態。
片付けられない自分が片付けたくてイーッてなりつつどこから手をつけていいか途方に暮れる。
四畳半の部屋でほぼ生活していて神田川を思い出します。

Aくんがやさしくてですね。
私はほんとにつまんない小さなことで日々イライラしてるんですが、
そんな私に困惑しながらも受け止めてくれて心底感謝です。
基本的には幸せだなーと思っているんですけど、
パートナーシップは本当、自分と向き合わされますね。
Aくんに腹を立てているとき、たいていこちら側の問題なんですよ。

幸せってやっぱりどこか怖いものなんですかね。
よくわからないけど「このままではだめなんじゃないか」とか
「どこかに落とし穴があるんじゃないか、何か見落としてないか」とか、
すぐ不安要素や問題を探し出そうとしたりして。しかも無意識に。
ただ「幸せー」でいいはずなのに。

洗濯物を干しているときとか、スーパーでお買い物してるときなんかに、
「ああ、幸せだな」って思うんですけど、
これもいつか当たり前になっていくんでしょうか。

「男の人は話を聞かない」とか「向き合ってくれない」とかいう思い込みを
いつもさくっと裏切ってくれて、Aくんでよかったなあってつくづく思います。
5年後も10年後も、この先ずーっとそう思えるよう、丁寧に日々過ごしていきたいものです。
posted byいおり
category雑記


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